「生きて 愛して 笑って」本紹介

マインドパワーの真髄を学びたい方にはこの一冊

始めは、誰もが感じる死への不安。

人は何のために生まれてきたのか。

孤独、絶望、そして魂の覚醒。壮絶なる実体験で綴られる真実の物語

あなたが探し求めていた答えは、きっと見つかるはず。

人が真実に気づいたなら、もうそこには感動しか生まれない。

あなたの生きる方向性を示す心の羅針盤。

必然、あなたはこの本に出合うべくして出合っている。

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2014年9月に発刊されたマインドパワー創始者野中邦子先生著「生きて 愛して 笑って24年にわたる実践と経験をもとに綴られた一冊。今や3万部をとうに超える売れ行きで、全国各地の書店の店頭に並んでいます。   

病気治しはあくまできっかけに過ぎず、マインドパワーの真の目的は、その先にある運命を変えること。マインドパワーは、そのためのツールです。                         

自分の中に全ての答えがあり、未来は自分の手の中にあります。                   

マインドパワーとは、何か?                                  

まず、読んでみてください。     

本の郵送をご希望の方はこちらから

                       

(以下本文より一部抜粋)

プロローグ 私が神に出会った日

私は今、類稀なる人生を送っています。四十才を過ぎて間もない頃に出会ったマインドパワーの世界は、私に人生の意味と人が生きることの意義を教えてくれました。今や大勢の仲間と共に天を味方につけ、実に豊かな人生を生き、感謝の中で世界一感動的な人生を送っています。

宿命は変えられないが、運命は変えられる。

人はその意識次第で、どのようにでも人生を変えることができ、故に、未来は自分の手の中にある。人は運が悪くて病気や不幸になったのではない。先天性の病以外は、病気も不幸もすべて自分が創っている。故に、病は自分で治さなければならない。

私は今日まで、さまざまな分野で活躍する賢人の口から、また生命の不思議を見つめ、宇宙に意識を見出した宗教家や哲学者、或いは医師や科学者たちの書物からも、これらの言葉を何度も聞き、何度も目にしてきました。今では、それらが紛れもない事実であることを、私は経験を通してよく知っています。

マインドパワーを使える私たちは、現在(いま)、青空にポッカリと浮かぶ雲を消すことができ、飲み物や食べ物の味を甘く辛くまた、酸っぱく変えることができ、その上、人の痛みを分かって取ることができます。そして、愛する者たちの熱を下げ、病を癒し、さらには遠く海外に暮らす愛する者たちの痛みさえ分かって、それを取ることができます……。

また農薬など一切使わずして、世界一安全な、そして巨大な野菜たちを誰もが作ってもいます……。

今や私の日常は、常識を遥かに超えて、あまりに変わってしまいました。

痛みがあれば取ればいい、病気であるなら治せばいい…。

おかげで価値観が変わり。人生観が変わり、大切なものの優先順位が変わって、今日、私は生きていくことがとても楽になりました。

これまでの三次元的常識は根こそぎに覆されて、私たちのパラダイム(思考の枠組み)は、現在(いま)完全にシフトされてしまいました。時にそれは、三次元的空間から切り離されて、異次元空間に浮かんだ、まるで別世界に生きているのではないだろうかと、しばしば錯覚を覚えることがあります。

思考パターンを変えると運命が変わる

常々、マインドパワーとは、究極的には創造主の愛そのものだと考えている私は、だからこそ、その力を使えば使うほど私たちは創造主の愛に充たされ、また、愛されていることを知ることになります。その中で少しずつ不安感や孤独感が消えていき、その人の人生観や価値観などが、ごく自然に変化をしていくようです。生き方や考え方を変えた人たちは、皆別人のようになって、以前よりも遥かに豊かな人生を送り始めた人の数は、枚挙にいとまがありません。もちろん、この私もそうであったように…。

思考・言葉・行動が変われば運命が変わる。それを変えてみれば、その通りの実に明確なる答えを引き出すことができました。

思考・言葉・行動のパターンを変えると、良くも悪くも確かに驚くほど運命は変わります。

運命を良き方向へ変えたければ、善きことを心に描き、善なる心に従って利他的な行動を起こし、日々、感謝の言葉を口に出してみることです。もちろんパワーを使ってのことであることは言うまでもありません。それらをシンプルに受け止め、シンプルに行動に移すなら、人は忽ちにして病を乗り越え、幸福な境涯を得ることができます。

しかし、人はそれほど簡単に、また単純にはなれるものではないようです。そのことは百も承知の上で、それでも尚、私たちは先ずはシンプルに素直さを演じてみることから始める必要があります。

結局人の幸福とは、物質的豊かさの中にはなく、形のない内面的な充実感の中にこそあり、とどのつまり、人間とは、生きて愛して笑って、その上、日々を美味しいね、嬉しいねと生きていったなら、それは最高境涯ではないだろうかとこの頃、よくそう思うようになってきました。あまりにシンプルなその真実に気づくために、私たちには先ずは非凡を経験する必要があったようです。平凡な中の奇跡を発見するためには、私たちには艱難辛苦を味わう必要がありました。平凡こそが奇跡であり、平凡こそが幸福だと思えるのは、いわゆる、非凡を経験した者のみが悟ることができる境涯であるのかも知れません。

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